VCのビジネスモデルを丸裸にする —— 起業家が知らないと損をする “VCの前提条件”
結論(要約) ベンチャーキャピタル(VC)は「10年で10倍」を前提に動くビジネスだ。LP(出資者)の資金を託されたGP(運営者)は、運営費に充てる 管理報酬 2% と、成功時にのみ得られる キャリー 20% を組み合わせて利益を生む。この構造上、VCは10社中1社がホームランでもファンド全体で 30% 近い IRR を狙える案件に賭けざるを得ない。彼らの時間感覚や契約条項は、すべてこの数式から逆算されている。
1. VCファンドは「誰の資金を、誰が、どれくらいの期間運用するのか」
日本では、VCファンドに資金を拠出する LP の大半が 事業会社や金融機関、地域金融機関、富裕層ファミリーオフィス だ。公的年金や大学基金が巨額を投じる北米とは異なり、国内年金マネーはまだ限定的だが、GPIF や大学基金が試験投資を始めるなど徐々に裾野が広がりつつある。
資金を預かる GP は、自らも通常 1〜3% をファンドに出資(GPコミット)し、LP とリスクを“痛み分け”する。パートナー陣は投資方針策定と最終意思決定を担い、その下でプリンシパルやアソシエイトが案件発掘・初期デューデリジェンスを回すのが一般的。アナリストやインターンはマーケット調査やイベント運営で足腰を支える――ファンドは小規模でも、銀行さながらの職能分業がある。
ファンドには 10年前後の“賞味期限” が設けられる(償還期限)。たとえば「投資期間 4年 + 追加投資 2年 + 回収 4年」という設計だ。長すぎると LP が資金を塩漬けにされるリスクが高まり、短すぎるとスタートアップの成長曲線と合わない。最終 IRR(年換算利回り)を測定するためにも、期限は不可欠だ。契約上は 1〜2年の延長を 2回までという条項が入るのが一般的で、多くのファンドが12年前後の間に投資を実行し、回収まで行うことを目指す。
2. 収益源は「2&20」だけ?——管理報酬とキャリー
GPはファンドサイズの2%を毎年管理報酬として受け取り、これが給与やオフィス代、弁護士費用などに充てられる。残りのご褒美がキャリー、つまり利益の20%(“2&20”モデル。トゥートゥエンティと読む)。たとえば100億円ファンドが10億円を投じた企業を30億円で売却した場合、まずLPに元本10億円を返す。残りの利益20億円がGP・LP間でウォーターフォールに従って分配され、GPが20%(4億円)を受け取り、残りの16億円がLPに渡る。これがいわゆる「ウォーターフォール(分配の流れ)」だ。
実際には、ファンドによってキャリーの分配条件は細かく決められている。たとえばPEファンドでは、LPにまず優先リターン(ハードルレート)を支払う仕組みを設けることが多いが、VCファンドでは優先リターンを設けないケースが一般的だ。つまり、VCファンドの多くは「元本返済後の利益」をそのままGP・LPで分配するシンプルな仕組みが多い。また、必ずしも2&20ではなく、1.5&30など、管理報酬の割合を下げ、キャリーを上げる契約もある。腕に自信がある場合、この契約はGPにとって旨みのあるものになる。
ただし、個別のM&AやIPOで部分分配は始まるが、最後に帳尻を合わせるのはファンド満了時だ。VCファンドの場合は、最終的にファンド全体のリターンがLPの元本(例えば100億円)を下回った場合、GPはこれまでに受け取ったキャリーを返還(クローバック)しなければならない。つまり、GPにとってキャリーは「払い戻しの可能性がある成功報酬」でもあり、最終的な成果にコミットする仕組みなのだ。 一方、PEファンドではLPへの優先リターン(例えば年8%)が約束されていることも多く、その場合は元本返済に加えて優先リターンまで含めて満たせないと、GPはキャリーを返還する必要が生じる。
3. パワーローと “10社中1社” の現実
VCでは「収益の90%以上が10%未満の投資先から生まれる」というパワーロー(冪乗則)が経験則になっている。シード〜シリーズAで2億円を投じて200億円でEXIT(100倍)できる企業が30社に1社でも現れれば、残りが0〜1倍の回収でもファンドは黒字化する計算だ。
理屈上は、投資先すべてが3倍程度になってくれれば十分だ。しかし、VCの現実では全ての投資先がまんべんなく成長するわけではなく、むしろ「大多数はほぼ元本回収できないか、微増にとどまる」というのが通例だ。だからこそ、VCとの初回面談では「市場規模は最低1,000億円」「海外展開が前提」といった大きな絵が求められるのだ。このパワーローの現実を前提に、どれだけ1社のホームランを狙えるかがVCのビジネスモデルの肝になっている。
4. 投資ペースとラウンド戦略
通常、VCファンドは組成から 3 年ほどで新規投資枠の 40〜50% を 一気に デプロイし、その後 3 年間はフォローオン(追加投資)に 30〜40% を充てる。残りは 8〜10 年目の EXIT 期に備えたリザーブだ。もし 3 年で資金を消化できないと “投資遅延” として LP から圧力がかることもあり、逆に早すぎると後年のフォローオン資金が枯渇する。VC が「今四半期で〇件クロージングしたい」と急ぐのは、こうしたタイムテーブルがあるからだ。
5. 意思決定プロセスとデューデリの深さ
案件は担当パートナーがイニシアチブをとって社内で議論し、プリンシパルやアソシエイトが市場規模、競合、財務モデルを擦り合わせる。Investment Committee (IC) ではパートナー陣が全会一致、あるいは多数決で可否を決める。シードではチームとプロダクトの相性を中心に数日で結論が出るケースもあるが、シリーズ B 以降は財務・法務・技術のフル DD を並行し、**マネジメント・プレゼンテーション(マネプレ)**と呼ばれる半日〜1日の質疑応答がセットになることも多い。レイターステージでは顧客ヒアリングまで実施し、意思決定に数週間を要することも珍しくない。ちなみにマネプレとは、投資候補先の経営陣(マネジメント)が投資家(VCやPEファンド)に対して行う詳細な説明会を指す。
🔑 Tips: 担当パートナーが小さな疑問を持つと IC への持ち込み自体をやめる。「社内提案書を代筆できるレベルで説得材料を渡す」ことが最短ルート。
6. VCが好むEXITとタイミング
米国では数十億ドル規模の M&A が頻発する一方、日本の VC リターンは IPO が主戦場 だ。東証グロース市場なら時価総額 100〜300 億円規模であっても流動性が確保でき、VC は株式売却を通じてリターンを現金化できる。M&A も増えつつあるが、買い手の許容額が 100 億円未満にとどまるケースが多く、海外に比べると“ホームラン確率”は下がりやすい。だからこそ日本の VC は、IPO を見据えた資本政策やガバナンス体制に早期から介入する傾向が強い。
7. まとめ —— VC の“数式”を理解すれば対話は噛み合う
VC は ファンドライフというタイマー と キャリーという成果報酬 に追われている。だから彼らは大きな市場、スピーディーな意思決定、一桁台の成功確率でも 10× を狙える案件を好む。起業家がこの前提を理解すれば、「なぜその契約条項が必要なのか」「どこで妥協できるのか」がクリアに見えてくるはずだ。次のミーティングでは、あなたのビジネスが VC のリターン方程式にどうはまるか――その視点で話してみよう。
Japan‑VC のデータベースでファンド規模・ステージ・注力領域を掛け合わせ、自社と相性の良い VC を検索してみてほしい。この記事で掴んだ“VC の数式”を片手に、より建設的な対話が始まるはずだ。